弘前へ移住される方の中には、パートナーの実家があるから移住した、という方は少なくないと思います。
社会人になってから生まれ故郷を離れ、縁もゆかりもない土地で暮らし始めるというのは、人間関係構築の難しさや、習慣・感覚の違いなどでハードルが高いと感じるかもしれません。
今回は、愛知からパートナーのご実家がある弘前へ移住してきて、ご夫婦で介護関連事業を開業された相坂さんにお話を伺いました。
目の前は鈴鹿山脈 三重から愛知へ岐阜へ
相坂摩弥さんは、三重県のご出身。
それも鈴鹿山麓にお住まいで、野生動物が飛び出して来たり、時には雪もちらついたりしていたそうです。
「中学校に入ったら、私の住むエリアだけが天候を理由に休みになったりして、私って田舎に住んでるんだと痛感しました。」
自然が多い中で育ったせいなのか、社会に出るにあたって挑戦したいことがありました。
「介護福祉士の資格は取っていましたが、若いうちにしかできないことをしておこうと考え、馬のお世話をしようと思ったんです。」
社会人スタートは、介護とは縁遠いジャンル、なんと乗馬クラブでのお仕事でした。
体が大きな馬と向き合うには、気力体力はもちろん、言葉で伝えられない馬への配慮が必要です。
「馬も人間をしっかり見ています。
自分よりも強いと感じる相手には従順でも、格下だと思えば言うことを聞かなかったりする。
手強いけれど、充実した日々でした。」
しかし、就職した乗馬クラブが休業となり、やむなく転職することに。
その時に見つけたのが、岐阜県の造り酒屋の求人です。
「当時は女性が蔵人にはなれないことは理解した上で応募しました。
酒造りの現場では、微生物や気温など、人間の力というか科学の力だけではどうにもできないものを、杜氏の勘で見極めています。
それがとても魅力的で、そこに関わってみたいと思ったんです。」
データを取って記録して伝えていくことはできても、言葉や数値では表現しきれないものがある世界。
そこでの日々も、とても充実していたと話します。
「新潟県から、稲作が落ち着いたら酒蔵で働くという方々が来ていました。
今思えば、やや訛りが東北に近い感じの方が来て、郷土料理を作ってくださったりもして楽しかったです。」
とても楽しい職ではあったものの、家庭の事情もあり、酒蔵を離れて愛知に転居。
今度は中京競馬場で乗馬を習いつつアルバイトをすることに。
「出走馬ではなく、誘導馬など乗用馬のお世話をするようになりました。
乗用馬は、出走馬が影響されないように、おとなしい馬たちが集められていましたが、やはり体力は必要な仕事でした。」
故郷三重を離れて、愛知から岐阜、そしてまた愛知へ。
そして、所持しているものの使わずにいた介護福祉士の資格を生かして、本格的に介護職に就くことになったのです。
介護業スタート 地域活動へも参加する多忙な日々
介護福祉士として就職し、施設内で働き始めた相坂さん。
元々、資格を取得していたこともあり、経験を積むことによって、徐々にマネジメント業務にも関わるようになります。
「介護業務は、24時間365日休みはありません。
とはいえ、職員たちにも生活があります。
お子さんが小さいとか、近く結婚式が予定されているとか、できるだけ土日に休みたい職員もいます。
色々配慮していると、結局自分ばかりが土日に出勤する時期もありました。」
自分の働き方だけではなく、職員全体に気を遣っていくことで、組織の運営について感じること見えることもありました。
そんな中、プライベートな時間で新しいことも始めていました。
「仕事も大変ではありましたが、趣味で活動していた和太鼓チームの活動を通して地域のイベントを盛り上げることができ、とても充実していました。」
本業では、大きな法人に属し、ケアマネジャーの資格も取得。
介護職員とケアマネジャーを兼務しながら施設内介護業務を続けていました。
しかし、できれば居宅部門(在宅で介護を必要とされる方のケア)に異動したいと考えてもいました。
そんな中、経過観察を続けていた脳腫瘍が、視神経を圧迫し始め、いよいよ外科的手術が必要な状態になってしまったのです。
「この際、退職して手術を受け、自分の体調をしっかり安定させて、ゆくゆくは居宅ケアマネジャーとして働こうと考えました。」
幸い、手術後の経過も良く、退院後は転職し、居宅ケアマネジャーとして勤務することもできました。
そんな中、さらに大きな転機が訪れます。
縁もゆかりもない弘前へ そして夫婦で開業
三重県出身で、岐阜や愛知でも働いてきた相坂さん。
比較的、実家に近い県で暮らしてきました。
ところが、パートナーの実家は弘前。
仕事が忙しかったこともあり、しばらく帰省もままならずにいましたが、少し心配なことがありました。
ご両親が年齢的なこともあり、少し体調に不安が出てきたように感じられたのだそうです。
「夫とは、自分たちがリタイアするような頃に弘前に拠点を移せば良いかなと話していたのですが、それを早めて働けるうちに弘前に移った方が、その先の自分たちの人生も豊かになるのではないかと。
そこで、思い切って弘前への移住を決めました。」
それまで青森県には縁もゆかりもなかった相坂さんですが、新しい場所で暮らすことへの不安はあまりなかったと言います。
そして、夫婦で弘前に引っ越して来たのは2016年10月のこと。
引継ぎに時間がかかり、なんと直近の9/30まで仕事をしていたのだそうです。
弘前では、夫婦別々の法人でケアマネジャーとして勤務していました。
「互いの所属先での運営方法などを見ていく中で、自分たちが取り組みたい介護について考えていました。
そして、独立して夫婦で開業してやってみようと決意しました。」
居宅、つまりご自宅での生活をメインにしながら、支援や介護が必要な方を支えるための居宅介護支援事務所を開業しました。
「県外出身だと知られると、『なんでよそ者に自分のこと話さにゃまいんずよ』と、急に壁を作る方ももちろん居ます。
でも逆に、よそ者ならしがらみも無いし誰にも言わないだろうと素直に話してくださる方も居ます。」
慣れない町での手探りな状態からのスタート。
大事な決断が必要な時は、あくまでも本人あるいは家族に選択してもらう、そのために情報提供や関係機関と連携する。
そうしたケアマネジャーとしての業務を通して、少しずつ人との繋がりが広がっていきました。
お祭り好き熱再燃! 津軽情っ張り大太鼓に挑戦
弘前へ来る前に暮らした町でも、大きなおまつりなどに関わってきた相坂さん。
弘前でも、やはり心騒ぐことに出逢います。
「初めて津軽情っ張り大太鼓を見た時、すごいなと。
こんな大きな太鼓を持てること、維持できること、そして打ちながら練り歩けることにとにかく驚きました。
そこに参加したいな、できれば打ちたいなと思いました。」
忙しい日々の中でしたが、県外出身者でもお稽古を積めば大太鼓の打ち手になることもできると知った相坂さんは、早速挑戦します。
所属すれば誰でも打ち手になれる訳ではなく、技術や体力など様々な条件をクリアしないと、大太鼓の打ち手として声はかかりません。
頑張りすぎず楽しみつつ、コロナ禍で運行できない年もありながら稽古を重ねた相坂さん。
2022年夏、3年ぶりの開催となった弘前ねぷたまつりで念願叶って、津軽情っ張り大太鼓の上乗りとして打ち手を初めて体験できました。
大太鼓からの景色は、本当に感慨深いものだったと言います。
「仕事と調整しながらのお稽古は大変ですが、また乗りたい、打ちたいと思いました。あの緊張感と達成感は、他では得られないものですね。」
その他に、市民ライターとしてイベントの取材や記事作成などにも取り組んでいる相坂さん。
なんの縁も無かったはずの弘前に、少しずつ、けれど確かに馴染んでいるようです。
この町で本人が望む最期を迎えるお手伝いを
家族の他に誰も知り合いがいなかった弘前の良さを感じて、楽しんでいる相坂さん。
本業である介護業では、これからどうしていきたいと考えているのでしょう。
「一番大きな夢は、介護が必要な方々の居住型施設を自分たちで作りたいということでしょうか。
できるだけ強制と禁止のない、最期まで本人が望む暮らしができる場所を作りたいです。
そして良い介護職を育てて、いつか自分が介護してもらいたいという野望があります。(笑)」
介護が必要な方とそのご家族、そして介護サービスを提供する側との間で、調整役を担うケアマネ。
本当に大変なお仕事なのではないかと思いますが、相坂さんは楽しんでいると話します。
「高齢の方が、普段は寡黙なのに自分の職業やご家族のことなどに話が及ぶと、目を輝かせてたくさんお話してくださることがすごく嬉しいです。
支援や介護が必要だった方へのマネジメントがうまく行き、サービス事業所とチームを組んで関わることで、ご本人にひとつでも自力でできることが増え、ご本人と介護を担うご家族の笑顔が増えれば嬉しいですから。
その方の人生に少しでも関われたという経験は、やっぱり貴重だし有り難いことだと思っています。
私も老いた母が遠くにおりますので、県外にいらっしゃるご家族の気持ちは理解できるつもりです。」
青森に移住するからには、地場産業のような「青森らしい」仕事に就きたいと考える方も少なくないでしょう。
しかし、誰もが必ず迎える「老い」そして「介護」の現場に、よそ者の視点を持ちつつ地域に溶け込み、熱意を持って取り組む相坂さんの姿に、この町で最期まで暮らすのもいいかな、と。
地元の方だけでなく県外出身の方も、どことなく安心できるのではないでしょうか。
<関連データ>
相坂摩弥さんが参加されている活動
〇弘前ぐらし 市民ライター
https://www.hirosakigurashi.jp/tag/writer-iasakamaya/
〇津軽情っ張り大太鼓について(弘前観光コンベンション協会)
https://www.hirosaki-kanko.or.jp/edit.html?id=joppari