【津軽塗職人:木村祟宏さん】運命の出逢いで弘前移住、飛び込んだのは津軽塗の世界

津軽塗は、青森県の津軽地方で生産される漆器。
日本最北の漆塗りとされ、経済産業省が認定する青森県の伝統的工芸品は、実はこの津軽塗ただひとつだけなんです。
とても貴重な技術であり作品なのですが、時代の流れもあり、後継者不足が深刻な問題とされてきました。
今回は、ヨソモノとして津軽塗に出逢い、弘前に移住して日々向き合っている津軽塗職人・木村祟宏さんに、研修を受けるきっかけや、今後についてお話を伺いました。

津軽塗との出逢い



東京都出身で、ずっと首都圏で暮らしてきた木村さん。
大学卒業後は教員として社会人のスタートを切りました。

しかし、教職以外の世界もあるのではと転職、更に改めて出身大学の大学院へと進みます。
哲学を学び、修士課程から博士課程へと進んだ頃、何気なく自分で購入した一冊の本が、その後の人生を大きく変えました。

「なぜ買ったのかは今でも思い出せません。
自分で買ったのは確かなんですが理由はわからないんです。
日本の伝統工芸、中でも漆器についてまとめた本でした。」
器そのものには、以前から割と興味を持っていたそうですが、何かに惹かれてその一冊を手にしたそうです。

「それまで、津軽塗の存在を全く知りませんでした。
ところがその本に掲載されていた津軽塗(唐塗)の丸盆に激しく心惹かれました。
綺麗だとか美しいなというよりも、ただただ衝撃としか言えない感情が生まれました。」
木村さんはそれまで、美術品工芸品に関してとりたてて造詣が深かったという訳ではありません。
直感的、あるいは本能的に衝撃を受けたのだと言います。

「今でもうまく言葉にできません。
ただ、ある意味完璧な存在として、真実あるいは本当の姿がこのお盆にはあるのだと強く感じたんです。」
そこから木村さんは、津軽塗の作り手側になることに向けて動き出します。
当時は、津軽塗職人自身による発信が少なく、まずは公的な機関からの少ない情報を集めるのが精一杯な状態でした。
それでも地道に探していく中で、研修生として既に津軽塗に携わっている方と繋がることができ、津軽塗職人への道が徐々に現実的になっていきます。

それにしても、津軽塗の魅力に気付いた時に、買い集めたり研究したりという方向ではなく、なぜ作り手になろうと考えたのでしょう。
「ただ見たり触れたりするのではなく、津軽塗を自分で生み出すこと、実践することで辿り着けるものがあるんじゃないかと感じました。
創ることに意味がある、そういう衝動的な感情でした。」
木村さんは偶然出逢った津軽塗の作品から、まるで何かに導かれるように修行の世界へ歩み始めたのです。

いざ弘前! 新米津軽塗師の修行生活




趣味や道楽ではなく、あくまでも職業として向き合うために、木村さんは弘前で研修生として津軽塗に関わろうと考えます。
しかし、まず確認しなければならなかったのは自身に漆に対する耐性があるかどうかでした。
「一般的には、漆かぶれは慣れることで軽減していくと言われています。
しかし、漆塗り職人を目指しても、漆かぶれの症状が軽くならず、結果的に諦めるしかないケースもあるそうです。
もし自分が漆の耐性ができにくく、かぶれの酷い状態が続いてしまうのであれば、やはり職人になることはできないでしょう。
なので弘前に行く前に試しておく必要があると思いました。」

東京でできる漆塗りの体験で、初めて本物の漆に触れた結果、激しいかぶれ症状が出たと言います。
それは、ほんの少しの量でも、水ぶくれが腕に広がっていくほど酷いものでした。
「それでも、その1回だけで諦めようとは思えませんでした。
2回は少し軽くなりましたから、こうして繰り返すことで耐性ができるだろうと。
それには正直ほっとしました。」

漆に接しても大丈夫と判断した木村さんは、次に青森で津軽塗の研修生になることを希望しました。
しかしそこで意外な壁に当たります。
応募条件に記された「弘前市在住であること」という一文でした。
何の保証もなく、研修生になるためだけに生活拠点を弘前へ移さなければならないというのは、かなり高いハードルでしょう。

しかし、まずスタートラインに立つためには条件を揃えるしか無かったので、まだ全く先が見えない中で弘前へと引っ越してきました。
そして無事に採用され、2018年9月から晴れて津軽塗後継者育成研修事業の研修生となったのは33歳の時。
そこから3年半の研修生活が始まりました。
身近に津軽塗に関わる人が居た訳ではない木村さんにとっては、本当にまっさらな状態で津軽塗と向き合う日々。

「指導を受けられるのは、週に3日でした。
それ以外は、平日は研修施設が使えたので自主的に学ぶことはできました。」
かつては徒弟制度の中で伝えてきた技術ですから、実際に制作する、作業することでしか身に付かないと木村さんは感じていました。

「漆の塗り方は、他の画材などで代用することはできません。
本当の漆を使うしかないんです。」
しかし、漆は誰でも手に入れられる物ではありませんし、それなりに高価です。
研修所では自由に使えても、自宅で塗る場合には自分で準備しなくてはなりませんから、諦めたり控えたりする場面もあったと言います。
それでも研修と自習を繰り返し、最初の研修期間満了を迎えます。

修行は続くよどこまでも 次のステップへ




最初の研修は、青森県漆器協同組合連合会によるもので、本当に津軽塗の基礎基本を学ぶものでした。
そこを乗り越えた次のステップは、津軽塗技術保存会の次世代養成研修生としての活動です。
「最初の研修では、良く知られている4つの技法、唐(から)塗・七々子(ななこ)塗・錦(にしき)塗・紋紗(もんしゃ)塗を学びました。
次の研修ではそれだけではなく、現在は主流ではないけれど、かつて存在していた模様の再現などにも取り組んでいます。」

暮らしの道具としての器、あるいは武士のお洒落とも言える鞘塗りなど身近なところから始まったであろう津軽塗。
その技術力が津軽藩の外でも評価されたことで、自分たちのためにというだけでなく、徐々に津軽藩の誇りとして技術も発展していきました。
そのために、塗師(ぬし)たちは、独自性を追求して模様も変化させてきたという経緯があります。

津軽塗の大きな特色とされる、漆を幾重にも重ねて塗り、研ぎ出して模様を生み出すという作業は大変な労力を要しますが、だからこその喜びもあると言います。
「塗り重ねた漆を研いで模様を出す、という津軽塗の技法は、引き算の美学とも言えます。
だからこそ出せる模様は、まだまだ新しいものがあり、可能性を持っていると感じます。」

津軽塗のこれから 目指すものは




安定生産していける、産業として津軽塗を「生産」する研修から、文化としての津軽塗を守り継承し「発展」させていく研修へ。
その世界は恐ろしいほど奥深いもので、まだまだ本当に入口に立っているようなものだと木村さんは言います。
「自分の考えではありますが、漆は塗装剤そして接着剤の一種なんです。
生活に必要な防水、更には素地が傷んだり腐食したりするのを防いで丈夫にするという機能に着目して使われるようになり、そこに装飾というもうひとつの要素が加わって作品になっているのだと思います。」
だからこそ、私たちが考えている「津軽塗」「漆器」というもののイメージを変えるような、多彩な作品へ応用していけるのではないかとも話してくれました。

これまでに、弘南鉄道中央弘前駅に設置されている駅ピアノや、人気のダンスフェスティバルshirofesのトロフィーの土台など、多彩な作品に携わってきた木村さん。
バイク用のヘルメットや、ゴルフクラブに津軽塗をというオーダーもあるのだそうです。

「これまでは、津軽塗職人は作るだけ作って、商人に託しておしまいという流れがほとんどだったと思います。
でもそれだと作り手の顔が見えず、想いも届かないという弱点があります。
これからは職人も直接お客様と接点が持てるようになるといいのかもしれません。」
津軽塗どころか、漆器とも縁遠いところから、この世界へと飛び込んだ木村さん。
その創作活動は、学ぶことはもちろん、表現することもまだまだ先が長いようです。

まとめ


「漆器」は取り扱いが難しいから自宅では使いにくい、と思われがちですが、実際のところどうなのか、木村さんに伺ってみました。
「食洗機を使うことは、やはり避けてもらわないといけません。
ですが、基本的にはそこまで漆に過保護にならなくても大丈夫なんです。
元々、生活を便利にするために生まれた物ですから。」
に浸けっぱなしにしないというのも、漆だからと言うよりは、小さなキズから中の木地に染みて劣化してしまうのを避けるための注意点だと言います。

「漆は100回塗り重ねたとしても1cmにも満たない。
そのくらい薄く軽いものです。
そう考えれば、津軽塗のアクセサリーも、軽やかで使いやすいと思いますよ。」
津軽塗を守るために、今後も木村さんのような職人の育成を継続することは非常に重要です。
しかし、買い手が居なければ作る意味はありません。

私たち消費者が津軽塗への「高級品」「扱いにくい」という先入観を捨てて、日用的に使える物としてもっと身近に捉えることも大切なのだと感じさせられました。
今度のお休みにでも、津軽塗、ちょっと見に行ってみませんか?

〇木村祟宏さんのインスタグラムアカウント
https://www.instagram.com/makko.makkoo
所属団体のHPは現在制作中
完成次第インスタグラムにて紹介されます
 
〇木村さんの作品が買える場所
CASAICO
青森県弘前市城東中央4-2-11
展示会がある時のみ 10時-17時営業
https://casaico.com/

弘前NAVIロゴ